仙台城跡のシンボル伊達政宗公騎馬像!両目の謎と不屈の修復劇に迫る

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仙台城跡のシンボル伊達政宗公騎馬像!両目の謎と不屈の修復劇に迫る
仙台城跡のシンボル伊達政宗公騎馬像!両目の謎と不屈の修復劇に迫る
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🎵 仙台城跡のシンボル伊達政宗公騎馬像!両目の謎と不屈の修復劇に迫る

杜の都・仙台の街並みを本丸跡の高台から静かに見下ろす「伊達政宗公騎馬像」。宮城県仙台市を訪れる観光客が必ず足を運ぶ屈指のランドマークであり、青葉城址(仙台城跡)の象徴として圧倒的な威厳を放ち続けています。勇壮に馬を駆り、前方を鋭く見据えるその姿は、仙台藩六十二万石を拓いた名将の風格を今に伝えています。

しかし、この凛々しい佇まいの背景には、戦時下の金属供出や相次ぐ巨大地震による損傷など、幾多の苦難を乗り越えてきた激動のドラマが存在します。さらに「独眼竜」と称された政宗公でありながら、なぜこの騎馬像の右目は開いているのかといった歴史の深層も見逃せません。本稿では、像の歴史と由来から知られざる謎、最新の修復技術、夜間のライトアップや観光アクセスまで、現地を訪れる前に押さえておくべきポイントを網羅して解説します。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
  • 要点1:伊達政宗公騎馬像は郷土の彫刻家・小室達の最高傑作であり、金属供出による撤去を乗り越えて昭和39年に再建された。
  • 要点2:独眼竜でありながら両目が開いている理由は、「親から授かった身体を損なわない姿で後世に残せ」という政宗公の遺言を忠実に守ったため。
  • 要点3:2022年の地震被害を最新の修復工法で克服し、夜間ライトアップや仙台駅構内の像との歴史的関係など多彩な見どころを誇る。

【歴史と由来】名匠・小室達が生んだ傑作!金属供出と激動の歩み

青葉城址の本丸跡に建つ伊達政宗公騎馬像は、宮城県柴田町出身の高名な彫刻家・小室達(こむろとおる)によって制作されました。初代の騎馬像が完成したのは1935年(昭和10年)、政宗公の没後300年祭を記念した一大事業の一環でした。

しかし、完成からわずか数年後に太平洋戦争が勃発。戦局の悪化に伴う金属類回収令(金属供出)によって、1944年に初代騎馬像は無情にも台座から撤去され、兵器の資材として溶かされる運命を辿りました。幸いにも胸より上の部分だけが塩竈市で奇跡的に残存(現在は仙台市博物館庭園に胸像として保存)したものの、本丸跡の台座は長らく主を失った状態が続きました。

現在の勇壮な姿が復活したのは、没後330年にあたる1964年(昭和39年)のことです。小室達が遺した当初の石膏原型を基に、東京芸術大学の教授陣らの手によって忠実に再鋳造され、2代目となる現在の騎馬像が仙台城跡に再建されました。幾重もの歴史の荒波を越えて郷土の誇りを取り戻したこの像は、仙台市民の不屈のアイデンティティそのものとなっています。

【両目の理由】独眼竜なのに「両目が開いている」知られざる遺言の真相

伊達政宗公といえば、幼少期の天然痘によって右目を失明した「独眼竜」の異名で広く知られています。大河ドラマやアニメ作品でも黒の眼帯姿が定番となっていますが、青葉城址の騎馬像を間近で観察すると、右目も左目と同様にしっかりと開いていることに気づきます。

この造形には、政宗公自身の強い信念と遺言に基づいた明確な理由があります。政宗公は臨終の際、側近たちに対して「親から授かった身体に傷を負ったのは不孝の極みである。死後に描く肖像画や彫像は、必ず両目を揃えた姿にせよ」という厳格な遺命を残しました。これは儒教の孝道の教えを重んじた武将としての誇りであり、美学の表れでもあります。

彫刻家の小室達は、単に外見の特徴を写し取るのではなく、政宗公の遺志と精神性を深く汲み取って原型を削り出しました。歴史の真実を雄弁に物語るこの「両目」の造形美は、政宗公の人間性と美意識を感じ取れる最大のハイライトといえます。

【地震被害と修復】傾きと亀裂からの復活!伝統と最新技術が紡いだ職人魂

青葉城址の高台に立ち続ける騎馬像は、度重なる天災の試練にも晒されてきました。2011年の東日本大震災では大きな倒壊を免れたものの、2022年3月16日に発生した福島県沖地震(仙台市で震度5強を観測)において、馬の右後脚に大きな亀裂が入り、約20度右に傾く深刻な損壊被害に見舞われました。

この危機に対し、仙台市は大規模な伊達政宗公騎馬像修復プロジェクトを始動。2022年7月に慎重に台座から降ろされた像は、東京都内の専門工房へと移送されました。修復工程では、単に外観を整えるだけでなく、将来の大地震に耐えうる抜本的な構造強化が施されています。

像の脚部内部には高強度のステンレス製補強芯棒が新たに組み込まれ、揺れを効果的に逃す構造へとアップデートされました。約8カ月にわたる精密な修復作業を経て、2023年3月に騎馬像は再び杜の都の台座へと帰還。最新の防災技術と職人の伝統技法が融合したこの再生劇は、文化財保護の先進事例として高く評価されています。

【見どころと撮影ポイント】仙台駅騎馬像との違い&幻想的なライトアップ時間

青葉城址を訪れたら、騎馬像のディテールと周囲の絶景を余すところなく堪能したいところです。兜の前立てに輝く大きな「三日月」は本物の金箔で仕上げられており、見る角度によってシャープな輝きを変えます。本丸跡の断崖からは、広瀬川を挟んで広がる仙台市街の高層ビル群、さらには遠く太平洋までを一望するパノラマビューが広がり、まさに政宗公と同じ視点で街を眺める特別な体験が味わえます。

また、地元仙台で長く親しまれているのが「仙台駅騎馬像」とのエピソードです。かつてJR仙台駅構内(3階新幹線改札前)には、待ち合わせの目印として親しまれた騎馬像の大型レプリカが設置されていました。宮城国体を契機に設置された駅の像は、幾度かの移設を経て現在では宮城県大崎市の「あ・ら・伊達な道の駅」などに引き継がれており、仙台城跡の本物と見比べてみるのも歴史ファンならではの楽しみ方です。

さらに見逃せないのが夜間の演出です。青葉城址では毎日日没から23:00までのスケジュールで騎馬像のライトアップが実施されています。暗闇の中に浮かび上がる黄金の三日月と政宗公のシルエット、眼下に広がる仙台の夜景とのコントラストは息をのむ美しさです。

【観光アクセス】青葉城址(仙台城跡)への行き方と効率的な巡回ルート

仙台城跡への移動は、仙台市街地を巡る観光シティループバス「るーぷる仙台」の利用が最も便利で快適です。仙台駅西口バスターミナル16番のりばから約20分間隔で運行しており、「仙台城跡」停留所で下車すれば目の前が本丸跡への入口となります。

地下鉄を利用する場合は、仙台市地下鉄東西線「国際センター駅」または「青葉山駅」が最寄りとなります。国際センター駅からは登城路(大手門跡や詰門跡)を経由して徒歩約15〜20分でアクセスでき、城郭の壮大な石垣や歴史の遺構を間近に体感しながら登りたい方におすすめのルートです。

車やタクシーでアクセスする場合、本丸跡に隣接する「青葉城駐車場」(有料)が利用可能です。敷地内には「青葉城資料展示館」や名物グルメが楽しめる食事処が充実しており、散策の合間に名物の「ずんだ餅」や「牛たん焼き」を味わう充実した観光プランが組み立てられます。

【伊達政宗公騎馬像】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:伊達政宗公騎馬像を見学するのに料金や見学時間の制限はありますか?
A1:仙台城跡(青葉城址)の本丸跡敷地内は24時間開放されており、騎馬像の見学および入場は無料です。早朝の澄んだ空気の中での鑑賞や、夜間のライトアップ時間帯でも自由に立ち入ることができます(隣接する青葉城資料展示館や売店は営業時間・定休日があります)。

Q2:騎馬像の兜の前立てにある「三日月」の向きやサイズはどのくらいですか?
A2:兜の三日月前立ては、左側が長く鋭く伸びた左右非対称の独特なデザインが忠実に再現されています。幅は約1.8メートルにおよび、表面には金箔が美しく施されており、太陽光や夜間照明を受けて鮮やかに輝きます。

Q3:仙台駅から徒歩で向かうことは可能ですか?
A3:JR仙台駅から仙台城跡までは約3キロメートルの距離があり、急な上り坂も続くため徒歩の場合は40〜50分程度かかります。観光の際は、観光周遊バス「るーぷる仙台」や地下鉄東西線(国際センター駅下車)の利用が推奨されます。

まとめ:仙台の誇りとして輝き続ける不屈のシンボル

戦火による供出、幾度の大地震という試練を乗り越え、その都度力強く蘇ってきた伊達政宗公騎馬像。両目に込められた武将としての誇りと名匠・小室達の芸術魂は、時代を超えて訪れる人々に深い感銘を与え続けています。

最新の技術によって強靭に生まれ変わった現在の像は、昼の雄大なパノラマビューから夜の幻想的なライトアップまで、時間帯ごとに異なる豊かな表情を見せてくれます。仙台の街と歴史を見守り続ける孤高の英雄の姿を、ぜひ現地で体感してください。 (出典: 伊達 政宗 公 騎馬 像(Yahoo!ニュース)

伊達 政宗 公 騎馬 像
伊達 政宗 公 騎馬 像
伊達 政宗 公 騎馬 像